志賀町の指定文化財である伝説の地
丘の上に鳥居だけがある。一説には九州との交流の拠点で志賀町の発祥地だとか?
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志賀町安津見六字97
西山インターを過ぎて安津見の山の中にあります。 ややこしいので、地図を見ながら、人に聞かないととても分かりにくい。
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志賀町の名前のいわれはいろいろあるが、一説には金印で有名な九州の志賀島とのつながりが言われている。
安津見に鎮座する奈豆実比咩神社は安曇連の祖豊玉比咩命を祭るが、安曇連は北九州の志賀島を本拠地にする。志賀は安曇連の日本海における拠点をなしていた。(志賀町史による)
これからすると、九州と志賀町の交流が昔からあって、その中心地が安津見だったと言うことなのだろうか。 |
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奈豆美比咩神社祭神伝説の地
われら住民が、おたびと尊称するこの地は上古、安曇氏の祖神、豊玉比咩命が来臨せられし所なり、と社伝は伝えている。 西北方に望む宮山大御前は、もとの御本殿跡地であることから、祭礼の神輿渡御にあたっては、まず最初にこの地に渡御し、大御前の方向に神輿を据え神祭をつとめ、その後氏子内を渡御する慣行が、今も継の椨の承されている。 巨大な神木タブの老株が臥龍の状を呈しているのを始め、姫 榊・﨔・杉など長い歴史を物語っている。
奈豆美比咩神社ハ、古く延喜の式内に名をとどめ、この地もまた旧石造鳥居など貴重な遺構があり、祭神伝説地として神跡深遠であり昭和48年10月23日志賀町文化財史跡に指定された。 われら住民こぞってこの地を貴重な神域として顕彰するものである。 奈豆美比咩神社宮司 田中外余成 謹書 |
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志賀町指定文化財 史跡の部 名称 奈豆美比 咩神社祭神伝説地
附 旧石造鳥居 一基
この地は奈豆美比咩神社の祭神が来着した場所と伝えられ、「おたび」と称し古来信仰地とされてきた。崖端には、周囲9.5mを測る巨大な神木タブの老株があり、株から二本の幹を生じている。その一幹は周囲2.9m 樹高10mで、倒伏して臥龍の状を呈している。他の一幹は直立し、樹高7m, 胸高囲2.3mを測る。 毎年、奈豆美比咩神社祭礼には、最初にこの地に渡御し、西北方大御前の方向に神輿を据えて神祭をつとめ、その後村回りする慣行を今に残している。これは能登における漂着神伝承地にともなう信仰行事を明確・厳重に伝えてきたもので民族学上注目すべきものがある。 昭和48年1月23日指定 志賀町教育委員会 |
上記の鳥居からお宮さんまでは川や谷を挟んで数百メートルあります。 |
付近の人に聞くと、神社から矢を放って 届いたところに鳥居を築いたとか? |