原子力と報道

 

著者:中村 政雄

1933年、山口県生まれ。九州工大工学部卒業。読売新聞社入社後、東京本社社会部、科学部記者、解説部次長、論説委員として原子力や環境、宇宙開発、科学技術全般を担当、中東の石油や欧米の気象、ゴミ、海洋開発、原子力事情など海外取材の経験も多い。

現在、科学ジャーナリスト、電力中央研究所名誉研究顧問、東京工大大学院非常勤講師。

著書:原子力と環境、エネルギーニュースから経済の流れが一目で分かる、異見偏見

出版社: 中央公論新社 (2004/11)

 

 日本の核燃料サイクル事業はアメリカに翻弄された。

1971年日本が濃縮ウラン製造を国産化しようとすると、アメリカの濃縮技術を提供すると言われ独自技術開発を中断したが、実際には提供されず、日本の開発が遅れた。

1974年にアメリカの濃縮ウラン供給力の限界から、原子力発電所で副生するプルトニウムを濃縮ウランの代用に使うことを義務付けたのに、1977年になると、核拡散防止の観点から高速増殖炉実験炉「常陽」と再処理工場実験施設の試運転を延期するよう要請してきた。

ワシントンには日本とドイツにプルトニウムを利用させないことを目的に情報活動している団体が二つあり、新聞の論説委員や反原発派に、ウラン燃料は十分ある、プルトニウム利用に経済性はなくワンスルーすべき、などの情報を提供している。

ヨーロッパでの反原発運動の背後にもアメリカの影が見え隠れしている。スーパーフェニックスの反対運動ではカリフォルニアからの反対派が退去して押し寄せた。西ドイツでも原発反対運動が激化したが、ブラジルへの原発輸出認可を政府が延期すると、何故か反対運動は鎮火した。

日本が真に独立国家たるためには、何としても再処理施設を安定運転させる必要がある。

原子力は社会的関心が高いことから政争の具とされる。

スウェーデンでは1970年に一院政となり、小勢力だった中央党が原発反対をシンボルに勢力を伸ばして与党となると、推進派だった社民党も原発反対を主張し選挙に勝った。国民投票で原発の段階的廃止が決まったが、現実として廃止は延期され、原子力継続支持派が81%と増えてきている。

オーストラリアでは与党社会党がチェルナーフェルド原発の運転開始認可をすると、半年後の選挙に不利となるため国民投票に責任を持ち込み、僅差で否決された。国民はその結果に驚き、反動で社会党は圧勝した。

イタリアでは3基の原発が稼動していたが、肉体美を売り物に選挙運動して名を馳せたチチョリーナ率いる急進党が国民投票を呼びかけ、推進派だった共産党も社会党も反対に政策を変えた。その結果、フランスからスイス経由で電力輸入することになり、2003年の猛暑で大停電が発生した。今年に入って原発を推進することを大統領は表明している。

国がどうあるべきかよりも政党にとって有利か否かが論点とされるのはいかがなものか。

原子力の事故は事件になりやすい

1974年に原子力船「むつ」が実験航海に出た時に、原子炉熱出力1.4%で微量の放射線が出て大ニュースになり、帰港できないどころか最終的には廃船になってしまった。

直接原因は上部の遮蔽不足だが、漏れた放射線量は腕時計の夜光塗料から出るくらいの微弱なものであり、人にも周辺海域にも全く問題がない。

実験航海だから、問題を出し尽くして改善するのが目的のはずだが、事故が事件になり、日本が原子力船を運航させる機会を永遠になくしてしまった。

1981年に敦賀原発で浦底湾の海藻からコバルト60などの放射性物質が検出された時にも、人への影響は全く考えられないレベルだったにもかかわらず、通産省が真夜中に「明朝6時に重大発表がある」と言ってマスコミを召集したため、事故が事件になり、風評被害まで発生した。

いずれも、リスクが全くないような事前説明と、影響レベルの伝え方に問題があったと思われる。

日頃からの情報公開とリスクを分かりやすく説明することが求められる。

報道のあり方

かつて日露戦争終結後のポーツマス講和会議において、サハリンと遼東半島が割譲され賠償金が得られなかった時に、マスコミは戦争継続して賠償金や領土の拡張を主張した。しかし、疲弊していた日本にとって戦争継続は出来る状況ではなく、その状況を淡々と伝え講和条約の妥当性を論じた国民新聞は非難され、潰れてしまった。

問題は国民が国の疲弊している実態を全く知らなかったことにあり、マスコミも真実を伝えることより読者の求める刺激を提供しようとしたことにある。

ドイツで風力や太陽光が推進されている事や19基ある原発の段階的廃止に合意したことが報道されても、実質的に廃止スケジュールは未定であることも、ドイツの電力会社が国外の原発新設に投資していること、フランスの原発からの輸入に頼っていることなどは全く報道されない。

やはり、日頃からの情報公開と情報提供が必要ですね。