帝塚山大学心理福祉学部の中谷内一也教授の講演をお聞きした。
信頼、安全、安心について、今まで漠然と考えていたことが、先生のお話で霧が晴れる思いがした。
当社が現在取組んでいる再発防止対策の推進にあたって、大変参考になると思われるので、先生の講演と著作「リスクのモノサシ」を参考に、当社に置き換え考えてみたい。
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リスクのモノサシ 安全・安心生活はありうるか
中谷内一也 著 日本放送出版協会(NHKブックス) 2006年7月刊 970円
≪学 歴≫ 1980.3 大阪府立池田高等学校卒業 1985.3 同志社大学文学部文化学科心理学専攻卒業 1987.3 同志社大学大学院文学研究科心理学専攻博士前期課程 修了 1990.3 同 後期課程 単位取得満期退学
≪職 歴≫ 1989.4-1991.3 日本学術振興会特別研究員 1991.4-1994.3 関西女学院短期大学コミュニケーション学科専任講師 1994.4-1998.3 静岡県立大学短期大学部人間文化学科専任講師 1998.4-2001.3 同 経営情報学部助教授 2001.4-2004.3 帝塚山大学人文科学部教授 2004.4- 同 心理福祉学部教授 1996.9-1996.11 University of Oregon 客員研究員 2004.4-2005.3 Western Washington University 客員研究員 ≪学 位≫ 1987.3 同志社大学 文学修士 「知識構造と意思決定過程:消費者の製品選択におけるスキーマの役割」 2003.7 同志社大学 博士(心理学) 「環境リスクマネジメントにおけるゼロリスク評価の心理学的研究」 ≪受 賞≫ 1995.12 日本リスク研究学会 研究奨励賞 1999.10 日本心理学会 研究奨励賞 2007.11 日本リスク研究学会 学会賞 |
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一.信頼とは 北陸電力の資産は何か? 発電〜流通に至る膨大な設備は、総額1兆5千億円にもなる貴重な資産です。 しかし、設備以上に大切な資産は、お客さまとの信頼関係。 当社は管内すべての会社、家庭との取引があり、地域の皆さんのご理解を得て発電し、公道や人の敷地を使わせて頂いて、電気をお客さまにお届けしています。 この電気事業のためには、お客さまとの信頼関係がなければ、遂行していく事は不可能です。 当社にとって欠くことのできない最大の資産は、お客さまとの信頼関係なのです。
二.信頼は回復出来るのか 『信頼の非対称原理 信頼を築くのは難しく崩壊するのは簡単』 発電設備における不適切な対応で地に落ちてしまった信頼関係は、回復出来るのでしょうか。 あまり信用していない人に頼まれて、嫌々ながらお金を貸したとしましょう。 その人が約束を破ってお金を返さなかった時は、いくら「心を入れ替えてきちんとやります」と宣言しても、再びお金を貸す人はいないでしょう。 信用力のある保証人をつけるか、担保があれば、再び貸してくれるかも知れませんが、根本的に信頼が回復した訳ではありません。 たった一回の約束違反で信頼は失われてしまいますが、信頼を回復するためには、心を入れ替えて自主的にきちんと取組む、長い年月をかけた実績の積み重ねが必要なのです。 信頼とは人と人との歴史なのです。
三.信頼は何で決まるのか 『情報の非対称性 リスク情報の発信者と受信者との間には大きな情報の非対称性が存在する。』 マンションを買うときに、耐震計算書を審査して選ぶ人はまずいないでしょう。 売り手と買い手の間には、大きな情報ギャップがあるのですが、信頼があれば安全は大前提として値段交渉になります。 信頼とは「当該リスク問題を任せておいてもまずい事にはならないだろうと期待すること」です。 任せられるためには専門知識や経験・資格などが備わっていると見なされるかどうかの「能力についての認知」と、公正な立場から情報を発信しているかどうかという「動機付けについての認知」が必須です。 自分に都合のよい情報だけを発信したり、リスクが低く見えるように加工すると、動機が不純だと見なされ、信頼関係を築くことは出来なくなります。 有利不利に関わらず、公正な情報を出し続けることが、信頼関係を築く第一歩です。
四.信頼の本当の要因 『主要価値類似性 相手と同じ価値を共有していると感じると、その相手を信頼するようになる。』 能力ある人が公正な情報を出し続ける必要性を説明しましたが、そうすれば皆から信頼を得られるのでしょうか。 実は、いくら正しい情報でも、違う価値観を持っている人には通用しません。 「ガソリン税を25円下げるべきだ」と言われても、道路をもっと整備して欲しいと思っている人は賛成しません。 同様に、富山の会社から、何かあったときだけ志賀町に来て会社側からの一方的な説明をされても、聞いて頂き、納得頂ける事は出来ません。 志賀町に勤務し、住民として同じ価値観を持って、聞く人の立場に立って説明する事が、信頼を頂くための第一歩です。 原子力本部の皆さんには、ぜひ志賀町の事を知り、素晴らしい施設を利用し、文化や名産品を楽しみ、多くの人と交流して頂けたらと期待しています。 人と人との信頼関係には同じ目線に立つ事が必要なのです。
五.ゼロリスクか否か 『リスクを過大視する心の仕組み 微少リスクとゼロリスクの間には心理的に非連続な差がある。』 宝くじを1枚買った人は、百枚買った人に比べて当たる確率は百分の一ですが、当選する事を期待し、抽選日を心待ちにします。非常に低い確率領域では、当たる確率ではなく、宝くじを買ったか買わなかったかが気持ちのうえで問題になるのです。 逆に、リスク情報は、被害を与える確率がいくら低くても、ゼロでなければ心配され、風評被害が起こったりします。 原子力発電所から事故で放射線が出たときに、放射線の線量がいくら低かろうと、大きな社会問題になります。 リスクは十分低い、ではなく、ゼロであることを期待されているのですが、物事が存在する限りリスクをゼロにすることはできません。そのことをどう分かりやすく正確に伝えていくかが大切な課題なのです。
六.見えない物は理解しにくい 『未知性因子 観察できないリスクは将来の大きな被害の予兆と評価されやすい。』 自動車事故は年間約100万回発生し、毎年1万人弱の方が亡くなっているにも拘らず、その便利さと比べてしょうがないかと受け入れられています。 それに比べて、中国製の冷凍餃子によって10人入院しただけで亡くなった人はいませんが、農薬混入経路が分からず、もしかすると拡大するかもしれないという不安により誰も食べようとはしません。 車を止めれば不便だけれど、冷凍餃子がなくても他の食べ物で不自由しないのも、結果に影響しているのでしょう。 要するに、リスクと効用が明確なものは、多少のリスクがあっても自分で取捨選択するのですが、不明確であり代替手段のあるものは、リスクが少なくても避けられます。 放射線や電磁波は目に見えなく認識しにくいものですから、小さなリスクも過大にとられがちです。 見えないものをどう分かりやすく説明していくかが、大きな課題です。
七.自分で判断できるように 『専門家がもたらすリスク不安 決定的な証拠がない限り研究者は結論を出さない。』 リスク影響が実際には無くても理解されにくいならば、専門家に客観的に評価いただき、説明してもらえば良いのではないかと思うのですが、逆に混乱することがあります。 専門家は決定的な証拠がない限り断定的な結論を出さないことが多く、「確率は非常に低いが・・の可能性は否定できない。」のように説明されると、かえって不安な気分にさせられます。 また、専門家ごとに研究している手法が違うため、結果についてもいろいろな見解が出され、意見の相違が解消されることはほとんどありません。 「明日の天気は晴れの可能性が高いのですが、雨の降る可能性も否定できません。」と言われたら傘を持っていけば良いのかどうか迷いますが、「雨の降る確率は10%以下です。」と言われると、自分で判断出来るようになります。 専門家からは出来るだけ定量的に説明頂き、情報の受け手が自分で判断出来る尺度を持つ仕組み作りが求められます。
八.マスメディアの宿命 『報道のスタイル マスメディアは最悪のリスク情報を強調する。』 あるリスクが安全か危険かを論じる専門家の意見が分かれているとき、メディアは両論を併記すればよいのですが、読者は「どうすれば良いのだ」と戸惑ってしまうでしょう。 「安全だ」と書いて、後でリスクが現実化すれば、メディアは批判されますが、「危険だ」と知らせて後で安全だと分かった場合は、「心配したけど何もなくてよかったね」で済むかもしれません。 そのため、メディアは最悪のリスク情報を強調し、悲観的な報道をしがちです。 ですから、その報道スタイルを理解したうえで、的確に情報を発信していく必要があります。 中谷内先生の提唱する「リスクのモノサシ」を作り、日頃から発信し認知していただくことにより、メディア情報の出され方と、情報を受け取る側の理解が的確なものとなっていくと期待されます。 事故やトラブル時の情報の出し方も重要ですが、日頃からの情報発信が一番大切なのです。
九.「あるか・ないか」ではなく程度 『リスクのモノサシ 予測される被害の大きさや緊急性に応じた対応を目指すべき』 リスクは100%から1%に下げることは可能でも、物が存在する限り発生確率をゼロにすることは出来ません。また、存在する何らかのメリットがあります。 お酒も飲みすぎると身体に毒ですが、少量ですと百薬の長ともてはやされるように、その兼ね合いをどうするかが、社会と個々人の選択です。 その尺度として中谷内先生は「リスクのモノサシ」を作ることを提唱しておられます。 「説得を目的として恣意的に作られたものでないこと。他のなじみのある災害との対比により理解しやすいこと。統計的に安定していること。」などの条件をもとに、第三者で作って頂き、情報の受け手が理解でき判断出来るようにします。 大切なのは、リスクが発生してからモノサシを作るのではなく、何も無いときに作っておき、それに基づいた情報を発信しておくことなのです。
十.あくまでも日頃が大切 『安全と安心 安全は現実の状態、安心は心の状態』 中谷内先生のご講演と「リスクのモノサシ」を参考にリスクと信頼について考えてみましたが、結論はやはり日頃が大事だということです。 日頃から信頼関係を築き、公平な「リスクのモノサシ」に基づいた情報を発信し続けていかないと、万が一リスクが発生したときに話も聞いて頂けず、理解にはとても至りません。 そして、一方的な話ではなく、相手の価値観を踏まえた双方向な対話をしていかなければいけません。 「8年前の臨界事故隠し」は、リスクを事故に、さらに事件にしてしまいましたが、再度このようなことがあると決して受け入れて頂けるものではありません。 真摯に、謙虚に継続的に取組んで、皆さんにご安心いただけるようにして行こうではありませんか。 中谷内先生、ご指導ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。 |
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中谷内先生からコメントを頂きました。
電力事業に携わる皆さんは日本有数の技術者集団です。その誇りを胸に抱きながら、一方では、相対するお客様は技術者ではなく、感情を持った生活者だということを忘れないようにしましょう。まず、相手の話に耳を傾け、感情を理解することが、こちらの話を聞いていただくための第一歩なのです。 |